昨晩、井上鑑氏のリリカル・アコースティックライブ「僕の音」を堪能した。
最初から最後まで鑑さんお一人で演奏なさるのは、今回が初めての試み。
「ソロ」、「アコースティック」、最高の音響空間「ヤマハホール」というキーワードから、
当初、いわゆる「ピアノ・ソロリサイタル」のクラシカルなライブをイメージしてしまった。
そういうライブを軽く超越してしまうのが、井上鑑氏の井上鑑氏たる所以でもある。

僕の音:英国式音楽造園術 Vol.1
染 め Absolute
はずみ バルトークの影
見渡し Criteria
見切り Wordium(組曲)
(Serendipities 1 : Rounding KAVAKOV : アモルフィ :
Serendipities 2 Waterfall : And Cool Thom :
地上にただひとつの : Serendipities 3)
(Intermission)
うたた Wish
寄 せ Herbarium([千律譜 BASHO]組曲)
(Rock Azaleas : 5000 Oak Trees : 睡蓮 :
花カマキリ : Up North : Rock Azaleas)
深入り Soundings
ライブはのっけから意表をつく形で始まった。
演奏は聴こえてくるのに、鑑さんのお姿はステージ上には存在しない。シルエットのみのご登場。気配はあるのに、姿は見えない。庭園に棲む動物そのもの♪
シンセサイザーを演奏なさる鑑さんのシルエットが、背後の壁面に大きく投影される。鍵盤上で手を動かすシルエットも拡大されて映し出される。
ふくよかな音が空間を満たす。教会のパイプオルガンみたい。
「動く影」の存在は、人間の記憶に強烈に定着する。
2008年5月に行われた吉田兄弟『憂春』ライブにて、踊る人形の影絵が『AIYA』の楽曲に使われた。この影絵がじつに印象的で、以後、『AIYA』の楽曲を聴くたびに、自然に影絵まで見えてきてしまう。
『憂春』ライブは鑑さんも音楽監督として参加なさっていらしたので、もしかしたら、あの1コマもヒントになっているのかもしれない。
鑑さんがステージへご登場。ここでもさらに意表をつかれる。びしっと黒の正装!
いつものカジュアルなお姿を見慣れているので、反射的に「おぉ!」と声が出てしまう(詫。
縦一列に並んだ飾りボタンが、照明をあびてキラキラと光っている。光を放つこの上着は、大沢たかお氏+吉田兄弟の朗読活劇『義経』にてお召しになっていた上着かな?
ステージ・ピアノCP1にて、『Absolute』の演奏。
音の響きがとても美しい。のびやかで、きらめく音が空間をやさしく包み込んでいく。
本日の楽器は、下手[しもて:客席から見て左]側にXS8、中央にグランドピアノ、上手[かみて]側にCP1がレイアウトされている。それぞれの楽器の頭上には、12面体スピーカーsceneryがセットされている。音響エンジニア赤川新一氏が特注なさったスピーカーとのこと。サッカーボールの角ありバージョンといった印象。スピーカー然とした風貌ではなくて、とても可愛い。
赤川氏は、鑑さんのライブにて二人三脚で音響を担当なさる音響エンジニアである。
5月に行われた『心鑑飛音』ライブでも、音を吸い取ってしまう本屋カフェの悪条件を、赤川氏のご尽力によって最高の音へと導いていただいた。鑑さんライブの音響がひときわ美しいのは、赤川氏のお力によるものもとても大きい。
音が美しいと、ますますドキドキしてくる。鑑さんの奏でる音に、心が「染め」られていく。
「はずみ」の2曲目は、『バルトークの影』。
おもむろに鑑さんは、アコーディオンを携帯。福山雅治氏のライブでも大活躍のイタリア製のエキセルシァー。波打ちぎわのような音が、ゆったりとのびやかに広がっていく。その音に乗り、リスナーの意識は自然にハンガリーへ向けて旅立っていく。......perchance。
『バルトークの影』は、井上鑑氏のCD『予言者の夢』に収録されている。「同じ演奏を二度できない」と仰る鑑さんだから、もちろんCDバージョンとはまるっきり異なり、「僕の音」ライブオリジナルのアレンジである。
アコーディオンの後、ベースに持ちかえ、『バルトークの影』を弾き語り。なんだか本当に「大陸に走り」たくなるほど弾む音である。
CDバージョンの『バルトークの影』では、2つの戦争に巻き込まれて祖国ハンガリーを去らざるを得なかったベーラ・バルトークの無念さや悲哀さも感じさせる。
しかし、今宵の『バルトークの影』は、「楽しいこともあったよね」といった満ち足りた雰囲気も感じてしまう。
「見渡し」の3曲目は、『Criteria』。
今宵の『Criteria』は、今まで聴いた以上に実験的で、かつ興味深い内容だった。
鑑さんのピアノ演奏の背後は、赤川氏による音で覆われる。雑踏。行き交う人々。市場の雰囲気。演奏そのものも中近東を感じさせる。イスラムの世界、コーランの世界へと、心が旅に出る。
鑑さんの演奏はリズミカルでパワフル、ますます高速になって発散していき、最高潮に達した後はしだいに収束、穏やかで優しい音色へと移り変わっていく。その美しさは最後の1音まで続き、とても愛おしい。ピアノの音色が完全に消え、これで演奏終了かな?と思ったら、再び雑踏の音に覆われる。
なんだか、人の一生みたい。真剣に日々と向き合い日々を過ごし、やがていつかは朽ち果てる。朽ち果てた後も世界は何も変わらず、ただひたすら雑踏の日々が繰り返される。
このとき、映し出された照明も、とても印象的だった。
楽譜の陰影が、ぼんやりと拡大されて映し出される。「身体は朽ち果てても、音楽は消えない」と、言われているような気がしてくる。(・・・この解釈、こじつけっぽい?)
続けて、前半のクライマックス「見切り」の『Wordium』。
『Wordium』は、Word+iumの造語で、プログラムには「松尾芭蕉の言葉に触発された組曲」とある。
ISIS本座内にて鑑さんご自身が執筆中の音楽図譜「千律譜 BASHO」からコンパイルされた組曲第1番である。
『Wordium』の要になるのは、『Serendipities』の3つのコーラス。
「1」と「2」の間に『Rounding KAVAKOV』と『アモルフィ』が、「2」と「3」の間に『Waterfall』と『And Cool Thom』さらに『地上にただひとつの』が、それぞれ挟み込まれる。
ライブが始まる前にプログラムを読んでいて、『Serendipities』のキーワードに、おもいっきり惹きつけられた。
当方、「セレンディピティ」と「シンクロニシティ」によって生かしていただいている人なので、複数の「セレンディピティ」からどんな音が紡ぎ出されるのか、興味津々になっちゃったのである♪
演奏を始める前に、鑑さんは、ぴしゃりと一言。
「この組曲は、モーツァルトのシンフォニー40番ぐらいの長さがある」
ケッフェル550ってこと? ......げ。それは、覚悟しないと(緊張)。
演奏が始まってみたら、次々に紡ぎ出される音の面白さに惹きつけられ、退屈している暇がない。庭園の風景がどんどん変化していく。風景とともに変化する照明も、とても美しい。
特に気に入ったのは、トム・ヨークとレディオヘッドに捧げる『And Cool Thom』。「アンクルトム」と読ませたいのだろうなぁ、slily♪
低音が、すごく美しい。跳ねる音も、とても楽しい。2008年10月9日にレディオヘッドの来日公演を聴きに行ったが、あのときのお客さん、確かにこんな感じで跳ねていた(笑。
さらに、内藤礼さんへ捧げる『地上にただひとつの』も、やはり素敵。
先週の高松Song in Blueイベントの鑑さんのMCにて内藤礼さんのお話が出て演奏も聴いて以来、内藤礼さんがお話くださったSoundingsイベントのマインドマップを描き直したり、10月17日に香川県豊島[てしま]に新たにオープンする内藤礼さんの美術館(に行けないか)調べたりしていたのだが、すべてが、この「僕の音」ライブへとつながる伏線になっていたようで、なんだかとても嬉しくなった。
組曲『Wordium』のエンディングは、長くじっくり響く低音で締めくくられた。
祈りの言葉のようにも聴こえてしまう。美しい・・・・。ため息が出る。
もっとも、一番ため息が出たのは、鑑さんご自身だったかもしれない。
長い楽曲の演奏、おつかれさまでした。
ここで、15分の休憩に入る。
ん?あれ? このブログもめちゃくちゃ長くなった。
第二部の演奏は、別のページに書くことにしよう。
●「僕の音」ライブ ライブレポート・マインドマップ●
「僕の音」ライブの根幹は、2つの組曲。
それぞれ演奏時間も内容も、濃くて味わい深い組曲で、
「なんだか専門辞書を閲覧している気分」だと思えた。
そこで、Wordium辞書とHerbarium辞書をイメージしながら
セントラルイメージをまとめてみました。
さらに、このライブで印象的だったのは、
影だけが登場なさった鑑さんのお姿。
このお姿も、辞書からほんのりと見えてくるイメージでまとめてみました。
(それぞれに合わせて3枚描きたかったのだけど......時間切れ)




